窪田建設のヒデ社長-ここだけの話

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■塩田中が竣工式

雪だった。

しかも、昨年から今年にかけて一番の雪の日。

記憶に残るシュチエーション。

そんな日、記念すべき出来事があった。

塩田中竣工式.JPGいよいよ我が母校の塩田中学校の校舎が完成し竣工式が行われたたのだ。

窪田建設は、北校舎を担当した。

玄関があって職員室があるメイン棟だ。

窪田建設でつくった地域コミュニティーホール「塩のホール」が来賓待合室だった。

大勢の地域の代表者が集まった。

皆、この日をどれだけ待ち望んでいたのか。

旧校舎は、昭和33年に4つの地域が合併し塩田中が出来た。

そして、その老朽化した木造校舎の建替えをした。

地域の想いが詰まった建物だった。

勿論、個人的にもあの木造校舎は大好きだった。

私の子供も木造校舎が大好きだった。

だから、本当は壊して欲しくなかった。

でも、老朽化は確かにひどくなっていた。

寒い。

隙間風がある。

塩田中玄関.jpg体育館も他の中学を集めて行う大会ができない唯一の中学であった。

想いとは裏腹。

本当に思いでと共に旧木造校舎は消滅した。

完全に消滅した。

新体育館に向かうときにプールも見えた、これも窪田建設で施工した。

駐輪場も窪田建設で施工した。

新たな歴史に窪田建設が名を刻むことが出来た。

これは、自己満足かもしれない。

でも、誇り高きものがある。

値段は正直かなり厳しかった。

でも、最高のものをつくりたい。

それが、自社の想い。

だから、満足度は高い。

IMG_0911.jpg体育館では、市長が挨拶し竣工式が盛大に行われた。

生徒代表挨拶で、工事に携わる様々な人たちの働く姿にスポットが当たり感動の挨拶だった。

皆、笑顔だった。

最後に建物見学。

生徒達も快く地域住民や関係者を迎え入れてくれた。

大変、貴重な経験をした。

そして、同時に胸が熱くなった。



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■あすみ住宅研究会の現地視察報告

IMG_0899.jpg毎年、あすみ住宅研究会では、新しい年の初めに様々な建物を見学している。

今年は、「日本民藝館(にほんみんげいかん)」と「旧前田邸(駒場公園内)」だ。

では、私が解説を・・・

 といいたいところだが・・・

 ホームページからのコピーを掲載したので呼んでいただければご理解充分か?

 それにしても、個性的な木造の建物だった。

 屋根は、瓦ではなく大屋石。変わっている。

 

沿革

IMG_0901.jpg 日本民藝館は、「民藝」という新しい美の概念の普及と「美の生活化」を目指す民藝運動の本拠として、1926年に思想家の柳宗悦(1889~1961)らにより企画され、実業家で社会事業家の大原孫三郎をはじめとする多くの賛同者の援助を得て、1936年に開設された。現在の経営母体は公益財団法人で、登録博物館として運営。「民藝品の蒐集や保管」「民藝に関する調査研究」「民藝思想の普及」「展覧会」を主たる仕事として活動している。初代館長には柳宗悦が就任し、二代目は陶芸家の濱田庄司、三代目は宗悦の長男でプロダクトデザイナーの柳宗理(現在名誉館長)、そして現在は実業家の小林陽太郎が館長職を継いでいる。当館には柳の審美眼により集められた、陶磁器・染織品・木漆工品・絵画・金工品・石工品・編組品など、日本をはじめ諸外国の新古工芸品約17000点が収蔵されており、その特色ある蒐集品は国の内外で高い評価を受けている。

 

お次は、駒場公園内にある「旧前田邸」の見学。

駒場といえば、東大のイメージばかりかもしれませんが、こんな素晴らしい建物もあるのです。

それにしても素晴らしい高級住宅街でもありました。

住宅もアートなものが多く勉強になりました。

 

IMG_0904.jpgこの建物は、旧加賀百万石・前田家の第16代当主・前田利為(まえだ・としなり 1885-1942)侯爵の本邸として建てられ、当時「東洋一の邸宅」とうたわれたそうです。

戦後、1945年(昭和20年)9月に連合軍により接収され、 1957年(昭和32年)に解除されました。 当初、ダグラス・A・マッカーサー(Douglas A. MacArthur 1880-1964)司令官公邸に予定されていましたが、 エニス・C・ホワイトヘッド(Ennis C. Whitehead)第五空軍司令官の公邸として使用され、 マッカーサー司令官解任後、マシュー・バンカー・リッジウェイ(Matthew Bunker Ridgway 1895-1993)司令官の官邸となりました。

その後、東京都が建物と土地を買収し、 1967年(昭和42年)に東京都近代文学博物館となりましたが、 2002年(平成14年)3月に閉館しました。

鎌倉には、 旧前田侯爵家別邸があります。

 

IMG_0908.jpg素晴らしい見学の後は、夕食。

はい。

築地でお寿司三昧???

 私は、まぐろ三昧にしてみた。

 おぉーーーーーこれは旨い。

 最高!

旨い。

感動!感激!感謝!

失礼してしまったが気持ちは通じているはず。

ウン ウン ウン と自己満足。

 




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■自治会も始動

IMG_0871.jpg我が自治会も総会が終わった。

いよいよ始動。

神社(古川神社)の総会も同様に終了。

工藤神官さんに来ていただき祈願祭を実施。

代表で自治会5役が玉串、拝礼を行った。

そして、懇親会が行われた。

薄暗くなり、夜6時から恒例の"どんど焼き"。

目白押しの行事ではあったが気が引き締まる。

どんど焼きは、各家庭で「繭玉」を作ってきて一斉にどんど焼きの火で焼く。

それを食べると風邪を引かないといわれているのだ。

自治会の総会前に妻と柳の木に繭玉をつけて準備を整えてあった。

IMG_0884.jpgだから、点火式には間に合ったのだ。

この事業は、公民館活動の年度の最後の行事だ。

朝、文化部長の指揮で育成会の役員と子供たちが各家庭を回りオシメやダルマなどを集める。

それを文化部が事前に竹を用意し組み上げる。

そして、夜6時に着火式を公民館長の挨拶の後6年生代表が火をつける。

いっせいに炎に包まれその後に繭玉を焼く。

夜の中で燃え上がる炎は、本当に綺麗だ。

そして、盛り上がる。

火の始末は、消防団が出初式の後の懇親会を中座し駆けつけてくれた。

自治会という絆が新年早々の行事を盛り立てる。

自治会の老若男女もこの時には集まって盛り上がる。

恒例行事とはいえ、いいものだとつくづく思う。

 



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■寒さを吹き飛ばす建前

早朝7時30分。

予定通り1月13日にAさまの建前の儀式が挙行された。

寒さは、-10℃。

想像以上の寒さだ。

apple-1.JPG

私が現地に到着すると岩下監督が準備を進めていた。

営業の佐藤くんも儀式の準備をしていた。

私も手伝った。

設計士の宮島さんもお祝いのお酒を持って現れた。

お施主様の方々も次第に集まり大工さんも勢ぞろいした。

準備が整い7時45分に儀式が始まりお神酒で最後に乾杯をした。

そして、寒さを吹き飛ばすように段取り良く建前が始まった。

apple-2.JPG次第に明るくなり日中は暖かさも感じられるような温度となっていった。

建前日和。

気分も仕事も順調。

そして、予定時間よりも早く予定を終了した。

素晴らしい上棟。

感動の上棟。

晴々とした気分で参加者皆笑顔となった。

朝の寒さは何処へ?

大変お目出度い日となった。



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■新年会に別所線がいい

別所線.jpg連日の新年会。

でも、あまり遅くならないようにしている。

なぜなら・・・・別所線の終電に間に合うようにしているから。

さすがに下之郷駅まで迎えに来てもらわなければならないので10時台までにはと思っている。

しかし、遅い時間になると30分くらいに1本。

中途半端な時間になると大分なってしまう。

それが嫌な場合は、駅前のラーメンを食べたりして時間つぶし。

これがいけません。

ダイエットしないと。

新年早々、急激な食事制限は体を壊してしまうので食べ物の量を減らす方針。

だが、この時間のラーメンはいけません。

だから、チャーハンにしないと。

アレ???????

そうじゃないよ。

食べちゃいけないんだ。

何かを食べ過ぎないよう今年は別所線を頼りに新年会に参加しよう。

自分との葛藤に勝。

それが大事。

 

別所線様にお世話になりながら健康第一で仕事を一生懸命やっていきたい。

 



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