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■NOVELA好きに・・・
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外国のバンドや曲ばかり聞いていた。 だが、日本のバンドにも次第に興味を持った。 実は、今だから白状するが一人でライブハウスに行くことが多かった。 有名なバンドより素人のバンドにも面白くて興味深いサウンドが好きだったからだ。 当時「爆風スランプ」も売れていなかったが女性客が凄く多かった。 「バウワウ」というバンドは売れてはいたがライブハウスにもきたりした。 NHK渋谷でも「44マグナム」「アースシェーカー」「X-ray」「浜田麻里」「LOUDNESS」なども人気であった。 勿論、見に行った。 但し、大好きになっていった京都出身の「NOVELA」は、ついに実物をついに見ることは出来なかった。(レコードもかなり探さないと手にはいらないような存在だった)
それだけが心残りだったかもしれない。 当時、ビジュアル系と思っていたのも今はニューハーフショーにしか見えないのがお笑いだ。 自分が使用していたギターは、高校の頃5万5千円で買ったグレコのレスポールだった。 だから、インパクトのあるギターを求めていた。 ストラトキャスターをと考えていたときに渋谷の河合楽器の前を通過しようとしていた。 だが、ここでビジュアル系のバンドが演奏していた。 かっこよかった。 そして、衝動買い。
これがいい音していた。
と当時は思った。
ピックもディマジオ社製が付いていたのでディストーションも乾いた歪がたまらなかった。 日本では、後々X-japanのHIDEが愛用していた。 そうそう。あの派手派手系のペイントをしたギター。 あれです。 私は、上のようなナチュラル系。 もっと白っぽい木だったけどね。 しかし、終わりを向かえる日が来た。 それは、自分だけが脱退することに・・・そして、研究室のリーダーになった。
理由は、内緒だが悲しい出来事があったからだ。
最近のプログレでは、コレは如何? 「Opethl(オーペス)」はお薦め。 ※ スウェーデンのバンド。キングクリムゾンの影響を受けている感じ。 不思議な世界観を持ってますよ。いわゆる「ドラマ」があるって感じ。
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■Boz Scaggs のWE'RE ALL ALONE 演奏など
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とにかくハードロック馬鹿だった。 それ以外のジャンルはまるで聞かない。 かなり偏っていた。 しかし、この先輩女性バンドからのオファーで視野が広くなったといえる。 演奏したのは、Boz Scaggs(ボズ・スキャックス) のWE'RE ALL ALONE(ウィーアー・オール・アローン)だった。 聞いたことはあったがBGM程度。 まさか演奏するとは・・・・
素晴らしいバラードでしょ。 聞いたことだってあるはず。 その後、色々なジャンルの色々な楽曲を聴いた。 そして、新たなるバンド結成時に練習曲としたのは「Journey(ジャーニー)」。 「Queen」「TOTO」後は、先輩バンドがやってた「Genesis(ジェネシス)」などに興味を持った。
Journey- Open Arms
TOTO
Genesis
女性中心バンドでの修行が自分の音楽の幅を広くしてくれた。 そして、このときからプリグレッシブというジャンルにはまっていった。 新たなバンドを結成したときには2年生になっていた。 ボーカルは付属高校から来た髪の長い少しポッチャリだが我がまま少年。 ベースは、自分のクラスから引っ張ってきた。 ドラマーは、同学年ではかなり旨いクィーン好きのヤツ。 キーボードはやはり、付属からの女性。 このまったく新しいメンバーでバンド結成した。 コンサートでは、すべてオリジナル曲を演奏していた。 注目度もなかなかのものだった気がする。 外見はビジュアル系とはいわないまでもアイドル系的だったかもしれない。 銀のパンプスにパツパツのビニールパンツをはきジェフベックカット。 近隣の学校からも注目された? で、いい気に成っていたが・・・・思わず・・・ 次回をお楽しみに
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■大学で初のバンド結成!
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5人でバンドを結成した。 自分の目指したビジュアル系的なバンドとは程遠い。 しかもボーカルが要であるにも拘らず、誰もいない。 といおうかカケモチ? 舐めてるのか? そう言われてもしかないくらいにバランスの悪いバンドとなってしまいった。 誰もがそう感じていただろう。 しかし、言葉にするものはいなかった。 このメンバーで夏合宿に参加した。 スケジュールを組んで皆で交代に練習した。 自分としてボーカルをした唯一の曲は・・・・ While My Guitar Gently Weeps
実は、ぜんぜん知らない ザ・ビートルズ の曲だった。 ジョ-ジ・-ジハリスン作詞作曲だ。 この曲で非常に興味深いことは、リードギターが"エリック・クラプトン"が演奏しているということだ。 意外と知られていない。 それが、この曲だ!
泣きのギターが最高だった。 しかし、ボーカルとしての声が当時は大変に薄いという表現が適切だろうか? 旨い下手以上に厚い声がバンドには必要だった。 しかし、選曲はバラバラだったが良いバンドに成長して言った。 実際に合宿最後にコンサートを行った。 高い評価を先輩や同期のミュージシャンからもらえた。 自身としても納得できた。 しかし・・・・1度コンサートをやって、このバンドから脱退した。 なぜなら、もっとやりたい音楽があったからだ。 だから、この同好会に入ったのだ。 妥協はしたくなかった。 そこうバンド浪人していると女性メンバー中心のバンドからギター参加依頼があった。 暇なんで冬のコンサートだけ参加するという理由で加入した。 しかし、このバンドで聞いたことも無いジャンルで爽やかな音楽にであうことになった。 それは、次回に・・・
PS,8月6日に横浜に行ってきました。 もちろん、一般のお客さんとしてだ。 夏のイベントは「ハワイアン」だった。 まるで外国にいるような雰囲気。 観客も上半身裸であったり水着だったりで大盛り上がり大会。 その夜、上田の花火大会に参加! 忙しいけど楽しかったね。 えっ?なぜ横浜に・・・それは内緒! 翌朝6時に千曲川清掃ボランティアに娘と飛び入り参加。 昨晩、楽しんだんでお返し。
かなり花火の包らしい紙などが沢山落ちていた。 1時間くらい頑張って上田商工会議所の皆さんにご挨拶して帰った。
上田JCの人や近隣の方々のボランティアの皆さんお疲れ様でした。(笑)
準備いただいたスタッフにも感謝! お掃除ボランティアさん達にも感謝! また、来年までお預けかぁ~ 残 念 7日は第82回信州千曲市千曲川納涼煙火大会。 夏の風物詩かぁ~・・・・・・・
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■なんという世界に足を踏み入れたのか?
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衝撃のバンドばかりが集まっていた。 バンド数も素晴らしく多かった。 だが、理数系大学だったために実験や演習が多く全員がいっせいに集まる場面は少なかった。 特に前にも書いたが「白衣」学生が多い。 未だに理由は良くわからない。 ちなみに私は白衣とは無縁だった。 次第に個性的な集まりであったため頭角を現す人が出てきた。 スター性のある人や異色のバンドなどがそうだ。 自分は、ロックが好きでは会ったが個性的ではなかった。 バンドメンバーも地味系であり他バンドから声をかけられなかった人ばかりだったように思う。 でも、バンドを組まないとステージに立てない。 渋々キャラの違うメンバーでバンド結成することにした。 1)ボーカルは、皆でやることにした。 2)ギター=私 3)ギター=かなり地味なジューダ・スプリースト好きのヤツ!
4)ベース=茨城出身のKISS好きなヤツ!
5)ドラム=千葉出身のひげの濃いビートルズ好きなヤツ!
6)キーボード=大分出身の日本のロックンロール好きのふけ顔のヤツ!
これだけ、音楽の好みが違うメンバーで果たして良いバンドになるのか? 実は、短命であろうと内心思っていた・・・・・・ ところが、夏の合宿で大きく化けたのだ。 合宿は、何と北志賀高原で行った。 その様子は次回に・・・
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■凄すぎる!マニアック集団だった!
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軽音楽同好会というのは名前からするといい加減で軽い人がいるというイメージだろうか。 しかし、我が同好会はかけ離れた団体だった。 自分のような音楽を敬愛する人ばかりかと思っていた。 それは、それは大違い。 皆、自分の世界があった。 聞いたことも無いジャンル。 どうやって情報を入手したのか? 不思議な国の音楽を知っていたりした。 はたまた、日本のバンドでもまったく存在を知らないものをコピーしたりしていた。 かと思うとかなりメジャーなものをコピーしたバンドなども存在していた。 白衣を着た先輩がふらっと来ては練習したりしてもいた。 色々な音楽に触れることができ幅が広がった。 例えばカナダのプログレバンド「Rnsh(ラッシュ)」や「Queensryche(クーンズライッチ)」「外道」「X-ray」「Iron Maiden(アイアン・メイデン)」「Black Sabbath(ブラックサバス)」「Queen(クイーン)」「こどもバンド」・・・・・・・・
とにかく自分が聞いてきた音楽などいかに狭い分野であったのか。 思い知らされた。 ライブハウスにも足を運んだ。 新宿の「LOFT」渋谷の「屋根裏」など一人でよくいった。 1年の時は、学園祭もよく見に行った。 色々なバンドがきていたからだ。 そして、自分のバンドを結成するために同好会に入ってきた仲間に声をかけて・・・ 寄せ集めのメンバーではあったが次第にらしくなっていった。 ロック小僧は、その後・・・
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