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2008年8月18日 11:13
■赤沢自然休養林の歴史
[ 伐採と保護を繰り返した ]
最近、赤沢自然休養林が俄かに人気となっているようだ。
確かに本当に自然と親しんでいると感じられる場所は少なくなってきている。
だから、本物の自然といえる場所に人気が集まるのも人間が自然の一部であるから当然のことだ。
さて、自然の美しさを求めて人気が集まる赤沢自然休養林だが、このヒノキの山の歴史についてある程度理解し、訪れる人が何人いるのだろうか?
そこで、少し赤沢自然休養林の歴史に触れてみたい。
赤沢自然休養林の中に生息しているヒノキ林の歴史は、江戸時代から現代に至る木曽の典型的な歴史を示している。
木曽ヒノキの歴史は平安時代までさかのぼる。歴史の表舞台に登場する豊臣時代以降慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いで徳川方が勝利をおさめると、築城・武家屋敷・造船などに木曽谷の森林伐採が急激に増加していくことになる。
そして、強制伐採による森林資源の枯渇に危機感を持った尾張藩は寛文5年(1665年)留山・巣山という立ち入り禁止・伐採禁止林を設けた。
しかし、奥地林まで伐採が進み木材資源が減少したことから、元禄時代の後期(1700年~1705年)に赤沢自然休養林の留山も強度伐採が行なわれたらしい。
享保13年(1728年)には、木曽五木(ヒノキ・サワラ・アスナロ・コウヤマキ・ネズコ)が地元住民の伐採禁止林となり、『ヒノキ一本、首一つ』と言われ厳しい厳しい政策がとられた。
※「巣山」=鷹狩りの鷹を保護する名目で特定の山林への民衆の立ち入り禁止をしたもの。
※「留山」=優良な樹木のある山林を指定して、立ち入り・伐採を禁止したもの。








