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■ 賢い家づくりの正体(7)
【“古民家”に賢い家づくりの秘密がある】
日本では、新築した瞬間がピークだと考えている。
それ以降は、古くなるだけ。
そんな淋しい考え方だ。
日本人特有の刷り込まれた思考と言われてしまう。成熟国などでは、良い建物は古くなるほど味わいが増し価値が上がるという。
本当にそこまでかどうかは別としても、かつて日本もそうだった。
理由は簡単な話だ。
日本の「古民家」を見ればお解かりになるだろう。
事実、価値ある建物は移築されたり巨額の修繕費を投下してでも維持する。
建物の完成時が頂点など馬鹿げていると感じてしまうのだ。
「京都」や「奈良」は、古都全体が世界遺産登録されるほどに世界で高い価値が尊まれている。
どうだろうか。
建物の価値は、本当に新しいものしか価値が無いと本当に思うだろうか。
少し、話題を変えてみたい。
どの家も、かつての民家の間取りが似ていた。
ワンパターンといっても過言ではないほどに似ていた。
玄関の位置も。
座敷の位置も。今もの位置も。お風呂の位置だって、キッチンの位置だってほぼ同じだった。しかも、決まって和室は何部屋かが繋がっていた。
襖を開け放つと大きな部屋に早代わりするようにつくられていた。
縁側もあり、そこにはたいがい障子戸で部屋と縁側を区切ってあった。太い大黒柱もそうだ。
大きな土間もあった。
生活の基盤は、農業だ。
動物も飼っていた。
牛であったり、ヤギであったり、鶏であったりした。
勿論すべての家がそうであったわけではないが、比較的そんな感じの家が多かったように思う。 つまり、快適で合理的な「形」の家は類似していたのだ。
白川郷の合掌づくりなども地域性を繁栄した典型的な民家ではあるが、ワンパターンであることも事実だろう。
つまり、暮らしやすい「形」とは、ある程度決まっていたのだ。だからといって単なるワンパターンではない。
しっかりとした対応力をはじめから備えたワンパターンなのだ。 先ほども触れたが、建具を開け放つと大きなワンルームになる万能性を計画段階から組み入れてあるという優秀さは見事としか言いようが無い。 プライベートを優先したアメリカの暮らしや間取りを褒め称える人もいたが、家の平均床面積が違いすぎる。
日本の倍以上大きさが違うアメリカの普通の暮らしと比べることに実は何の意味も無いのだ。
確かに地域性はある。
雪の多い地域。雪が降らない地域。
湿度の高い地域。低い地域。
海沿いの地域。
山岳部地域。
とにかく地域性はあるが、間取りは以外に共通していた。 勿論、決定的に日本固有の文化といえば「素足文化」であろう。
靴を脱いだ生活が前提になる。
また、風呂にはいる生活習慣も特徴的だろう。
だから、「民家」は何世代にも渡って脈々と住み継がれてきたといえる。 もし、瞬間的時代だけを切り抜いて間取りを勝手気ままに構成したとすれば短命なものになっていたかもしれない。
日本人は、どの民族よりも合理主義者で聡明なのかもしれない。
先見性があって奥深い志向の持ち主なのかもしれない。 このことを証明する良い例をお伝えしよう。 それは、世界で絶賛される「てぬぐい」の性質を考えたらよい。 普段は、腰に下げているので邪魔にならない。しかし、日差しのキツイ時など広げて頭にかぶることが日をある程度抑えることもできる。
当たり前だが、汗を拭くこともできる。捻ってハチマキにすることで汗を額で止めることもできる。しかし、存在は単なる布切れでありデザインといってもとてもシンプルそのもの。
こんな持ち物を考え出し常時身につけている民族がどこにいるだろうか。
先人達の考え方は、素晴らしいと改めて感じる。 次回は、世間で騒がれだした通称200年住宅に迫ってみたい。
実は、住宅業界も大きな勘違いをしている。
正に「間違いだらけの200年住宅」の理由について触れたい。








